指導者により、最初に示された事が基本であり極意なのである。
例えば 書道で言えば、心を込めて墨をすり “一” を書くこと、また珠算でも
最初の玉の動かし方が基本であり極意である。
何事も 努力研鑽により 一段一段階段を登っていく以外に方法は無い。
本人稽古量の二日分はあっても 二日分稽古をしたと言う事は、ありえない。
合気道において
例えば一教/二教で言えば 一教をしっかり稽古し体得する事が大切で これが
出来なければ 二教も三教も見えてこない。
だから “1~2、2~3、3~4” ではなく “1~2、1~3、1~4” である。
「一つ出来るようになれば あとは、みな同じ」 当時意味不明であったが
現在に至って 先人の言われた通りであると思える。
日野