この鐘をつくと、この世では億万長者になれるが、死後は必ず無間地獄に落ちると言う
不思議な鐘である。無間地獄とは、別名 阿鼻地獄とも言い、最も苦しくまた最も刑期の
長い地獄である。目の前の幸せを取るか、後の世を思いやるか。今時の若者に質問すると
多くは、鐘をつきたくないと言う。
しかし、江戸時代の人々は違っていた。この鐘があった寺に大挙して押しかけ、争うように
鐘をつき 騒ぎの中で死人も出たと言うから笑うに笑えない。最後は、見るに見かねた寺の
住職が、鐘を井戸に投げ込んで騒ぎは収まった。
現在 掛川市の粟が岳山頂にその鐘があったとされる井戸跡だけが残っている。
それにしても、なぜ当時の人々は競って無間の鐘をついたのだろうか。我々が想像する
以上に現実の生活が苦しかったであろう。そうして、その人々を苦しめていたのは「鐘」
ならぬ「金」だったのである。
井原西鶴の「世間胸算用」にも“無間の鐘をつきなりとも、先づこの世をたすかりたし”
とある。
たとえ地獄に落ちようとも、今の苦しみから抜け出したいと言う貧者の嘆きである。
だからこそ人々は「無間の鐘」をついて「無限の金」を手に入れたいと願ったのであろう。
金さえあれば幸せになれる。そんな妄想が、この話の裏には隠れている。
我々が鐘をつきたくないと思うのは、江戸の当時と比べれば まだ幸せなのかも知れない。
誰もが「無間の鐘」をつきたいと思う世の中になって欲しくないものである。
明治大学兼任講師 田村正彦氏の文献より
日野